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神戸地方裁判所 昭和30年(行)12号 判決

原告 井本のぶゑ

被告 国

主文

原告の第一次並に予備的請求をそれぞれ棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は第一次請求として「被告は原告に対し別紙目録記載の農地に対する買収処分が不存在であることを確認すべし訴訟費用は被告の負担とする」旨の判決を求めその請求原因として

「別紙目録記載の農地は原告が十数年以前に之を買求めた上昭和十三年八月十八日にその所有権移転登記を経由し以来原告自ら大阪市内の住所より右農地に出向いて之を自作していたものであつて自作農創設特別措置法により買収さるべき農地ではないにかゝわらず尼崎市農地委員会は之を不在地主の保有する小作地と誤認して昭和二十三年一月末頃に右農地について買収計画を定めて公告したので原告は之に対して右農地委員会に異議申立をしたが却下された。よつて原告は右農地は前記異議申立の却下決定により買収を受けたものと誤信してそのまゝ経過していた次第であるところ原告は今日に至るまで買収令書の交付を受けた事実は全く存しないから右農地については未だ買収処分なきものである。然るに尼崎市においては右農地を既に国の買収にかゝるものとして取扱い且之について「昭和二十三年三月二日自作農創設特別措置法第三条の規定による買収」の登記がなされていることが昭和三十年一月頃に至つて判明した右の次第であるから被告に対して本件農地買収処分の不存在であることの確認を求める」と述べ、

右第一次請求が認容されぬ場合における予備的請求の趣旨として「被告は原告に対し被告が昭和三十年三月二日別紙目録記載の農地に対してなした買収が無効なることを確認すべし、訴訟費用は被告の負担とする」旨の判決を求めその請求の原因として

「本件農地について未だ買収令書の交付がなされていないことは前述したとおりであるけれども仮に之について既に買収処分があるものと解せられるとしても右買収処分には次のような重要且明白な瑕疵がある。即ち(1)本件農地は原告が大阪市内の住所から出向いて自作していたことは前述したとおりであるにもかゝわらず被告は之について当然になさるべき調査を怠り之を不在地主の小作地と誤認して買収したものである。(2)本件農地は国鉄立花駅に近接する目貫きの通りに面し既に区劃整理施行ずみの地域に存し隣地迄住宅が密集し近き将来は勿論今日においても農地としておくことは四囲の実情から許されぬ状況にあり当然に宅地化することは必定であつてされば原告も昭和十三年に之を買受けた直後から右土地に住宅の建築を企図し既に隣接三筆の土地に建築を完了し将に本件農地の住宅化に着手せんとした折柄戦争のためにその目的を遂げなかつた次第である。従つて右農地は本来は自作農創設特別措置法第五条四号五号により地方長官の指定又は市町村農地委員会が都道府県農地委員会の承認を得てする指定により農地買収から除外さるべきものであつてたとい右の指定がないとしてもこのような農地を買収することは同法の立法趣旨に反することは明である。以上のように右買収処分には重要且明白な瑕疵があるから被告に対してその当然に無効であることの確認を求める」と述べた。

被告指定代理人は「原告の請求を棄却する訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め答弁として「原告の主張事実中原告が大阪市に居住し尼崎市所在の本件農地を所有していたこと、之について尼崎市農地委員会が昭和二十三年一月二十一日農地買収計画を定め同日その旨の公告をしたところ同年二月一日原告から異議申立があつたが右異議は同月十八日却下されたことよつて兵庫県知事は県農地委員会が承認した右買収計画に基いて本件農地につき買収の日を昭和二十三年三月二日と定めた買収令書を発行したが右令書は未だ原告に送達されるに至らず従つて本件農地買収はこの点において瑕疵あるものであることは之を認めるがかゝる違法は行政処分取消の原因たるに止まり当然に之を無効ならしめるものではない。なお原告その余の主張事実は凡て争う。原告は本件農地を訴外荻野寛二郎に小作せしめていたものであつて原告において自作していたものではない」と述べた。

理由

原告は本訴において国を相手方として本件農地買収処分の不存在であること又はその当然に無効であることの確認を求めるものであることはその第一次並に予備的請求の趣旨に照らして明であるところ、凡そ行政処分について不服を唱えその取消又は変更を求めるいわゆる抗告訴訟は必ずその処分をなした行政庁を被告とすることを要し且その行政庁の所在地を管轄する裁判所の専属管轄にかゝることは行政事件訴訟特例法第三条第四条の明定するところであるから本件第一次並に予備的請求はかゝる本来の抗告訴訟でないことは勿論、行政庁の処分に不服を唱えるものである点においては一般の抗告訴訟と本質を同じくしつゝ当該の行政処分に対する無効宣言の形式により之が除却を求めるための無効確認訴訟であると解することもできぬ。蓋しかゝる無効確認訴訟は一般の抗告訴訟と同じく行政庁の処分に不服を唱えその法律効果の除却を求めるものである以上は当該処分をなした行政庁を被告として争はねばならぬし又かゝる訴訟については行政事件訴訟特例法第四条第五条等の適用があると解さねばならぬからである。して見ると原告の本件第一次並に予備的請求はいづれも行政事件訴訟特例法第一条にいわゆる公法上の権利関係の確定を求めることを目的とする当事者訴訟であると解する外はない。そこでかゝる当事者訴訟として原告の第一次並に予備的請求は果して訴の利益があるか否かについて考えて見るのに原告は要するに本件農地が自己の所有にかゝることを前提として之について未だ農地買収処分がなされておらず或は又当該買収処分はその成立の要件を欠き無効であつて之を要するに従来の法律状態にいさゝかの変更もないことを請求の原因として前記第一次並に予備的請求をしていることは本件弁論の全旨に照らして明であるところ、右は結局原告が本件農地に関する所有権を主張するに帰するのであつてかゝる所有権の主張を措いて別に公法上の特定の処分について消極的確認を求めるべき訴の利益はないものと云はねばならぬ。蓋し一般に法律関係の確認の訴訟は当事者間に現に存在する法律関係についてなされゝば足るのであつて過去における公法上の特定の処分の有無又はその適法であつたか否かを遡つてせんさくする必要はないからである。

して見ると被告に対して本件農地に関する買収処分の不存在であることの確認を求める原告の第一次請求並に右買収処分の無効確認を求める予備的請求は他の争点について判断する迄もなくいづれも訴の利益を欠くものとして之を棄却すべく訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 河野春吉 後岡弘 阪井いく朗)

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